なぜ妖刀七丁念仏は、「○○」のふくよかな姿を映しだしたのか

 

 

注意

この記事では、シグルイの隠された物語を解説します。

シグルイをまだ読まれていない方は、ぜひ本編を一読されてから、以下の説明に進むことをお勧め致します。

 

 

 

なぜ妖刀七丁念仏は、「三重のふくよかな姿」を映しだしたのか

岩本三重は拒食症に陥った時期がありました。醜く極度の痩身になり、自分自身の体を直視できない程です。

風呂の水面、鏡、そして漆塗り盆は、三重の骨と皮だけの体を映します。反射した自分の姿が映る訳ですから、それは当然のことです。

しかし妖刀七丁念仏は、何か違うものを映すようです。

七丁念仏に映る三重の姿は、以前の美しい姿を見せているのです。

これは一体どういうことなのでしょうか。

理由を探るために、まずこの場面から半年ほどさかのぼって考えてみたいと思います。

天国から地獄へ

幸せはすぐそこだったのに

虎眼流の奥義伝授の儀式が、秋葉山で催されようとしています。いよいよ伊良子清玄が、正式に虎眼流の跡継ぎとして認められようとしている場面です。

三重はすぐ婚礼を迎えるであろう花婿の帰りを、屋敷の外で待ちます。真冬の雪がちらついていますが、決して寒いとは感じません。こころが幸せで満ち足りているからです。

しかし、真実は違いました。

秋葉山に虎眼流一門が集結したのは、秘奥の伝授ではなく、伊良子への仕置きと追放の儀式であったのです。伊良子は虎眼によって、秘剣「流れ星」によって両目を潰され、あてもないままに放り出されました。

三重にとって夫婦となるべき「真の殿御」が、二度と会えない運命となりました。約束された幸せが泡と消えたことを知ると、彼女の心は狂い出したのです。

恋人のことが忘れられない乙女

仕置き追放事件から時は半年流れ、冬から夏の時分となりました。しかし、三重は花婿のことが忘れられません。

引き出しには伊良子清玄を模した、おりがみ人形が隠されています。そして、自分の体を拭く時には、その恋人に触れたい衝動に駆られるのです。

 

 

 

拒食症を克服できない2つの理由

逃げていった幸せによる虚脱感

幼い頃に、三重が可愛がっていた燕は殺されました。三重を可愛がってくれた母親は、首を吊って死にました。

十代の若い娘である彼女の人生は、苦労の連続で、どうやって笑うのかさえ忘れてしまいました。

しかし、それらの心の痛みを消すことのできる麻薬が、再び三重に笑顔を取り戻したのです。激しい恋情です。その生娘の人生の春は、すぐそこのはずでした。

ところが秘奥伝授の日は、春を冬へと変えたのです。三重は心の苦痛を取り除く薬を無くしただけでなく、新たな痛みを加わえられた日となったのでした。

憎い相手と生活を共にする苦痛

岩本虎眼は、痴呆をわずらいながらも、三重の体を気遣おうとします。

しかしこの虎眼こそが、三重の花婿を追放した首謀者なのです。この父親の娘への優しさは、病状を回復へ向かわせるどころか、逆に悪化させていったのです。

 

七丁念仏が見せた三重の進むべき道

刀とは力

アメリカ映画で、なんとなく、こんな場面を見たことはありませんか。

濡れ衣を着せられ、仕事と家族を失った中年男性がいる。ひげは伸び、目には生気がなく、痩せこけている。締め切ったカーテンで、昼間から強い酒をあおり、出ていった妻と子の写真を見ては、涙をこぼすのだ。

ある日、その男性が机の引き出しをふと探っていると、偶然に何かを見つけた。拳銃だった。

男性は小銃を手に取ると、ベッドに深く腰掛けた。そして何やら、深く考えているようだった。

この男性がこれからどうするかは分かりません。自分をこの境遇に追いやった人物を殺しにいくのかもしれないし、それとも自分の頭を撃ちぬくのかもしれません。重要なのは、この男が新たな可能性を手に入れた、ということなのです。

 

この例え話を少し変えてみることにします。

まずこの中年男性を、岩本三重に置き換えてみましょう。そして次に、拳銃を刀に置き換えてみることにします。

するとどうでしょう。三重の置かれた境遇、七丁念仏の発見、そして次にとった行動が、うまく説明できるのではないでしょうか。

裏切り者は全員殺す

苦しみから逃亡したい欲望と、光を見出した興奮により、三重は肌着のまま家を飛び出します。

追ってきた虎眼流高弟に見つかり、最初に九郎右衛門、そして次に藤木源之助と対峙します。三重は藤木と向き合うと、臆することなくその妖刀を担ぎます。藤木を殺す気です。

しかし、この「担ぎ」と「流れ」は虎眼流の秘伝で技術の鍛錬が必要であり、さらに三重は体力の極限状態にいました。放った斬撃は藤木を斬ることなく、空中に飛んでいきました。彼女の突発的で無謀な復讐は、誰にも理解されることがないまま終わったのです。

なおこの一連の事件は冬の出来事であり、三重が実際に摂食障害と心の病から回復するのは、これからさらに半年後の夏のことです。

最終決戦も七丁念仏

この場面とは直接関係ありませんが、少しおまけの話をします。

駿府城で伊良子清玄と最終決戦を迎える時に、藤木は七丁念仏で戦います。しかし、この選択は藤木のものではありません。

この妖刀を選んだのは三重です。困難にぶつかった時には、その魔剣が進むべき道を提示してくれると、この時の経験から知っていたのです。

 

まとめ

極限まで衰えた肉体と、解決不可能な問題に苦しむ三重の精神は、妖刀七丁念仏に幻を見てしまった。

伝説の刀をもってすれば、「花婿を追放した虎眼流の弟子たちに復讐できるかもしれない」と興奮したためである。問題解決の術を見出した瞬間であった。

高揚と混乱によって三重は屋敷を飛び出し、追ってきた二人の侍に刀を向ける。三重は刀を振るうも当てることすらできず、家に連れ戻され、この騒動は終結した。

三重の体とこころは、半年後のある事件まで、再び苦しむこととなる。